珠洲市の人口が令和7年国勢調査の速報で8,528人になったというニュースを見て、数字は分かっても体感が追いつかない部分がありました。
2020年国勢調査では12,929人、2025年速報では8,528人です。5年で4,401人減、減少率34%。能登半島地震のあと珠洲は石川県内でもっとも大きな流出を記録した市のひとつだと思います。いつもの少子高齢化とは傾きが違い、一度折れ曲がったように見えます。
珠洲市の数字
地震直前の2024年1月は約11,721人とされていました。2024年10月の石川県推計では65歳以上は54.1%です。人口ビジョン改訂版が2050年に5,085人と推計していた社人研の数字すら、2025年時点ですでに8,528人に迫っています。減るスピードが想定を上回っています。
平均寿命が延びても、祭りの担い手として現場に出られる年齢とは別物です。神輿や奴振りの実働はおおむね18歳から65歳前後が中心で、指導役は60代から70代です。若い世代の補充が追いつかなければ、交代の期限だけが後ろにずれる、と思います。
森腰は135人・58世帯
私が住む珠洲市三崎町の森腰地区は、令和2年国勢調査の町字別で135人・58世帯です。森腰単独の最新公表値はなく、それ以降は珠洲市全体の減少トレンドから推計するしかありません。
135人・58世帯の集落に、氏子のネットワーク、青年会、秋祭りの役割分担が重なっています。能登キリコ祭りの文化圏にありながら、森腰の秋祭りは奴振りを核とする地区独自の形態です。
担い手の数
秋祭りの実働を最低30人から50人と仮定すると、奴振り、神輿、警備、準備、当日の段取りを全部含めても過大評価ではないと思います。
現状は森腰の60代前後の先輩方と、出身者の帰省者で成立しています。他地区の住民が加わる祭りではありません。森腰の20代から30代を人口135人から推計すると、今は10人から15人程度、2031年には7人から10人、2036年には5人から8人という試算になります。(現時点でこんなにいません…)
30人から50人の実働に対して、在所の若年層だけでは最初から足りません。今は先輩方が担い、帰省する出身者が足しています。出身者は子どもの頃から見てきた動きを覚えているので、帰省しても練習は要りません。問題は、その出身者が帰ってくる機会と人数そのものが減っていることです。
寄付と世帯数
祭礼資金の多くは森腰の世帯・個人からの寄付と協賛に依存しています。世帯あたりの寄付額が維持できても58世帯から減れば総額は減ります。人口135人の集落が100人前後、世帯が50前後まで縮小する試算も、珠洲全体の減少トレンドと重なります。地震後の転出で寄付に参加していた世帯が空き家になることもあります。
神輿や道具の修繕・保管など、地区として必要な支出は残ります。寄付総額の減少と並行して、こうした維持費が先送りされないかどうかが今後の論点になる、と思います。
農業と同じ根っこ
栗の畑やGrowGridの話と表向きは別ですが、構造は似ています。人が減り担い手が足りない。単年度の収穫や出荷、単年度の祭りは回る。5年後10年後の供給体制も、10年後の祭りの担い手も、今の延長線上にはない、と思います。
観光客が来る祭りと氏子が担う祭りは別のコスト構造を持っています。135人の集落の秋祭りは後者です。珠洲の人口8,528人は、収穫を手伝う人を探すときにも、祭りの実働を確保するときにも、同じように効いてくる数字です。
先輩方が担い、帰省者が足して、今は回っています。しかし、10年後も同じ式で回る保証は統計上にはないと思います。
さて、農業も一緒です。収穫時期に地域からアルバイトを募るも、時間があるのは年金をもらっている先輩方が殆どです。その方々が来れなくなる日も近いと言う事です。