レジェンドたち

「それなら、応援呼んだるわ」

近所の先輩農家、吉憲さんがそう言って笑った数日後のことでした。私の目の前に、金沢から二人の「伝説」が舞い降りました。農林事務所のOBであり、栗の剪定に関しては右に出る者がいないという、文字通りのプロ中のプロです。

私が向き合っていたのは、十年以上も放置され、勝手気ままに枝を伸ばした栗の木たち。広大な園地に乱立するそれらを前に、私は一人、チェーンソーを手に走り回ってました。剪定は、単に枝を切る作業ではありません。数年後の姿を予見し、光の入り方や実の重みを計算する、極めて論理的な「設計」の仕事です。しかし、経験の浅い私の頭の中には、正解のコードが見当たらない。自信のなさはそのまま作業の迷いとなり、チェーンソーの刃を鈍らせていました。

「これは……時間がかかるなぁ」

現場に到着した二人のレジェンドは、私の苦戦の跡を見て、苦笑いを浮かべました。しかし、そこからの展開は鮮烈でした。

まずは一本の木を囲み、三人で「方針」を定めます。今この枝を切れば、来年あちらの枝にどう影響するか。三年後の理想の形から逆算し、今残すべき「実利」と、捨てるべき「リスク」を仕分けていく。 「来年はあっちを落としたいから、これは残そう」 「でも、これを今切っておかないと、来年上の枝を落とすときに下の枝を巻き込んで折ってしまうぞ」

あーだこーだと言い合いながら作業を進め、本数をこなすたびにバラバラだった三人の思考がひとつの解に収束していく。暫くすると迷いなきチェーンソーの音が山に響き渡りました。

普段なら枝打ちや玉切り(細かく切ること)まで一人で丁寧にこなすところですが、この日は時間が限られています。レジェンドたちの判断に従い、私はとにかく「太い枝」を次々と落としていく。自分なりの仮説を口に出し、それをプロにぶつけ、即座に修正してもらう。それは、独学で迷い込んでいた私にとって、最高密度の「コードレビュー」のような時間でした。

休憩時間を除けば、作業はわずか四時間足らず。しかし、目の前に広がる光景は、普段の一週間分にも相当する成果を物語っていました。何より変わったのは、私の視界です。乱立する枝の中に、三年後の完成図が透けて見えるようになったのです。

「一度手をつけてしまったからな。来年、再来年がどうなるか気になるわ。こりゃ、来年も来んとダメやな」

作業を終え、汗を拭いながら二人がさらりと言ってくれたその言葉は、どんな技術指導よりも心強く、春の風のように爽やかに響きました。

かつて誰にも顧みられず、荒れ果てようとしていたこの栗園。そこに今、ベテランの経験と、私の新しい挑戦が混ざり合い、新しい脈動が始まっています。

来年のこの時期、またこの場所で答え合わせをするのが、今から楽しみでなりません。

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