冬の残り香

あっという間に冬が過ぎていきます。
暦の上ではもう春。道端や山肌にはまだ白い雪がしがみついていますが、車が行き交う道路からはすっかりその姿が消えました。つい先日まで雪に閉じ込められていたのが嘘のようです。

毎年、冬が来るたびに新しい発見があります。
去年と同じ一年なんて一度もありません。新しいことに挑戦しては、思うようにいかず首をひねる。そんな試行錯誤の繰り返しです。

でも、ただでは起きないのが農家の性。今年の経験を糧に「来年はこうしよう」と画策する時間が、実は一番楽しかったりします。便利な時代になったもので、忘れないうちにGoogleカレンダーへ来年の予定を書き込みます。一週間、二週間と前倒しで手順を記しながら、来年の成功を静かに確信するのでした。

先日、近所の先輩農家・吉憲さん(75)の家でコーヒーを啜りながら、冬の農閑期らしいお喋りに興じました。
話題はもっぱら「確定申告」。

私たちは皆、e-Taxを使いこなすデジタル派ですが、ここで事件が発生。吉憲さんのパソコンが、保存データを読み込まなくなってしまったのです。調べてみると、どうやらPCのスペック不足。「よっしゃ、100満ボルトでWindows11に買い替えや!」と、吉憲さんは意気揚々。

「回覧板を作るために買ったパソコンだったけど、いよいよ俺たちについて来れなくなったか!」

そう言ってガハガハと笑い合いました。e-Taxの控除額10万円は、経営者にとって小さくない数字。利益を追求し、節税に励む。その真剣な眼差しは、まぎれもなくプロの「経営者」のそれでした。

吉憲さんの家を辞し、徒歩30秒の帰り道で、今度は芸術家の静時さん(71)にばったり。
「一杯やろうか?」
その一言で、私の午後はまた別の色に染まります。

私は栗の木を使った木工作品を作っていますが、その活動を一番に肯定し、芸術への道標を示してくれたのが静時さんでした。自宅から自慢の作品とお酒を抱え、男二人、真昼間からの談義が始まります。

静時さん作の合鹿椀(ごうろくわん)に盛られたピーナッツや豆腐を突きながら、作品への評価を仰ぐ。酒が回れば、話題は尽きない夢の話から、他愛もない女性の話、旅の思い出へ。
外が薄暗くなり、静時さんの目に眠気が差し始めた頃が「お開き」の合図。食器を下げて、心地よい酔いとともに家路につきます。

家に着けば、いつもの日常が待っています。
妻と子供が帰るまでに、米を三合炊き、風呂を沸かす。その合間に愛犬フィータを散歩に連れていき、ご飯をあげる。

事業者として数字を追い、芸術家として感性を磨き、父として、夫として日常を回す。 そんなふうに過ぎていった、冬の、とある平和で充実した一日。

来年の今頃、Googleカレンダーの通知を見た私は、今日のこの豊かさを思い出しているに違いありません。