2024年の1月、奥能登地震がこの地を襲った。その後の9月の豪雨が追い打ちをかけ、私の農園へと続く道は、見るも無残な姿に変わってしまった。法面が大規模に崩れ落ち、人の背丈以上に土砂と流木が積み重なっている。排水管は埋まり、そこには小さな川ができていた。
農園への唯一のアクセスルートが、完全に断ち切られてしまったのだ。重機も車両も通れなければ、収穫も資材の運搬もままならない。農家にとって農道はまさに生命線。一刻も早い復旧が求められた。
行政の壁と、自力での決意
被害を受けてすぐに役場へ相談に行った。何度かやり取りを重ねたが、返ってきたのは「主要道路の復旧を優先しているため対応が難しい」という答えだった。
彼らの事情もわかる。広範囲に及ぶ災害だ、限られた人員と予算の中で動かなければならない。だが、農業者にとっては、主要道路が回復しても、そこに至る道が崩れていては意味がない。私は、行政の対応を待つのではなく、自力で道を切り拓くことを決意した。
冬になり、解体業者やボランティアも一時撤退した。だが、栗の剪定時期は刻一刻と迫っている。農園へのアクセスは、待ったなしの状況だった。
人力の限界、そして重機へ
最初は人力で、最低限の道幅を確保しようと考えた。軽トラックが通れればいい。幅2.5メートルほどあればなんとかなるだろう。
しかし、現実は甘くなかった。粘土質の土砂と大量の流木が混じり合い、シャベルが刺さらない。チェーンソーで流木を切ろうにも、土砂から掘り起こすことすらままならない。人力では到底、どうにもならないことがすぐに分かった。
こうなったら重機を使うしかない。そう腹を括った矢先、友人から能登で重機の講習会が開かれるという話を聞いた。調べてみると、2万円で3トン未満の重機の資格が取れるという。重機をどこで借りられるのか、個人に貸してくれるのかもわからないまま、私はその講習に申し込んだ。
笑顔のプロジェクト
重機の資格講習を主催していたのは、「日本笑顔プロジェクト」というNPO法人だった。講習中、受講の理由を聞かれた際、私は農道が土砂崩れで寸断され、復旧を急いでいることを話した。
すると、講師がこう言ってくれた。
「ぜひ私たちにも手伝わせてほしい」
私は驚き、そして胸が熱くなった。こうして、日本笑顔プロジェクトの協力を得られることになり、重機を活用した啓開作業への道が開けたのだ。